小倉沙耶のやわやわ日和
鉄道アーティスト小倉沙耶の、マイペースな鉄生活ブログ。
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小倉沙耶/こくらさや

Author:小倉沙耶/こくらさや
鉄道アーティスト・都市交通政策技術者・ブライダルトレインMC/プランナーの小倉沙耶です。
デビューしていつの間にやら12年。話す仕事や書く仕事など「鉄道に関わる全ての人がいつも笑顔でいられるお手伝い」をモットーに、鉄道に関わる様々な活動をしています。
どうぞよろしくお願いします。
☆お仕事のご依頼等は上部公式ウェブサイトよりお願いいたします☆



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中国地方ぐるぐる&明日は関西ウォーカー発売!関西ウォーカーTVも☆
3日ほど中国地方へ行っていました。
昨日は尾道をぐるぐる。
昭和39年に全線廃止となった尾道鉄道の廃線跡へ向かおうとしたのですが、突然の雷雨で断念...
後でニュースを見たら、地域によってはかなり大きな雹が降っていたとか。
皆さんは大丈夫でしたか?

大粒の雨でびしょ濡れとなり、慌てて側にあった駐車場で雨宿りしようとしたら



...栗原温泉。
なるほど。
(いつもお世話になっている、フォトライターの栗原景さんは雨男です)

尾道鉄道は、17.1kmという路線距離に対して8つのトンネルと1箇所のスイッチバックが存在していました。
昭和32年に廃止となった石畦駅~市駅間にトンネルとスイッチバックが集中しており、廃線となった現在も一部のトンネルは歩行者用として使用されているほか、第4トンネルは煉瓦造りそのままの姿で残され、尾道鉄道の存在を今に伝えています。



ここは、尾道駅から少し岡山方へ歩いたところにある、土堂の跨線橋。
大林宣彦監督の映画「転校生」の中で、一美が自転車で渡っていた場所です。
実はこの跨線橋、古レールが使用されています。



刻印を調べたところ、1930年代の官営八幡製鉄所及び日本製鉄で製造されたものが多く見られました。
その後、少し時間があったので、レトロバスが約30分かけて観光地を巡回する「好きっぷライン」に乗車したのですが



観光案内をする運転手さんが、跨線橋の説明をされる際に
「この跨線橋は線路の廃材でできていて...」
と言われました。
古レールがスポットを浴びたようで嬉しくてニヤニヤ。
1周190円とお手頃ですので、皆さんも尾道観光の際は是非ご乗車ください♪

凸ΩΩΩΩΩ

明日は、関西ウォーカーさんの発売日です☆
特集は「日帰り鉄道旅」!
私は、オススメ駅ナカスポットをご紹介しています(^^)
全てが私のはなまる太鼓判なところばかりですので、本誌を携えてお出かけしてみてくださいね!
そして、明日5月8日20時から生放送の「関西ウォーカーTV」さんでも、特集担当の金山さんと、鉄道バナシをしちゃいますよ♪
視聴URLはhttp://ustre.am/m0oGです。
ソーシャルストリームから、ご参加をお待ちしております☆

この記事に対するコメント
あんた中国地方行くじゃろ?
>大丈夫でしたか?
スケジュール入れておらず、早目に買い物をしていたので影響は無かったです。竜巻の危険性もありましたが・・・(^^;。

>昭和32年に廃止
1957年!?あれから55年の月日が流れたのですね。一部であっても、残ってること自体凄いことです。トンネルや古レールは、何か語っていましたか?

>刻印を調べたところ
ペンキ塗り過ぎなのか?老朽化しているのか?刻印が見にくいことが多いんですよ。これだけ、クッキリ残っているのは羨ましいなぁ・・・。

>好きっぷライン
あれ?バスなんですね?なかなか、雰囲気出てる車両だったので(^^;。30分に1本だと、一日乗車券のプランもいいですね。小倉さんがニヤニヤする過程を容易に想像出来てしまう(笑)

>関西ウォーカー
仕事帰りに購入しました。是非、活用したいと思います。友達にも勧めますね!ちょうど、関西を旅行しているところなので。
【2012/05/09 02:06】 URL | ながぬー #JzFna1A6 [ 編集]

社会科見学
尾道鉄道......正直言って、名前ぐらいしか知らんでした。古レールをテーマに、このようなお話......実に興味深いですな。鉄の楽しみは、このように、地理と歴史の勉強にもなることが多かね。中国地方と言えば、おどんは、小学~中学にかけての6年間防府(ほうふ)で暮らしました。この防府に防石鉄道(ぼうせきてつどう)と呼ばれる小さな鉄道がありました。とっくに廃止された(おどんが生まれたころの昭和30年代末期に廃止)のですが、小さなSLが木造客車を牽引してたようです(気動車もあり)。防石鉄道の社名の由来は、「防」は山口の旧国名「周防」なのはわかるけど、「石」は、あの島根の「石見」からで、防府を起点に津和野を通って、益田をぬける山陽と山陰を結ぶ壮大な計画だったと聞く。でも結局いろいろあって、防府からたった19㎞ほどの堀(ほり)というところまでで、終わってしまったんだけど、今回のこの記事を読ませてもらって、おどんは、一生のうち、もう一回、防府を訪れてみたい気になりました。電化と非電化の違いはあるものの、なんか尾道鉄道と防石鉄道は似てるように思えます(廃止された年、路線距離、山陽と山陰を結ぶ計画等)
【2012/05/10 00:05】 URL | てつぼん #- [ 編集]


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