小倉沙耶のやわやわ日和
鉄道アーティスト小倉沙耶の、マイペースな鉄生活ブログ。
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小倉沙耶/こくらさや

Author:小倉沙耶/こくらさや
鉄道アーティスト・都市交通政策技術者・ブライダルトレインMC/プランナーの小倉沙耶です。
デビューしていつの間にやら12年。話す仕事や書く仕事など「鉄道に関わる全ての人がいつも笑顔でいられるお手伝い」をモットーに、鉄道に関わる様々な活動をしています。
どうぞよろしくお願いします。
☆お仕事のご依頼等は上部公式ウェブサイトよりお願いいたします☆



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思い出の白鳥
遅くなりましたが、さくらのお話をした時に話していました「面白いもの」。

hakucho.jpg




平成13年1月7日青森駅発行の、業務連絡書です。
この年の3月2日をもって大阪~青森を結ぶ、昼間走る特急としては最長(1040km)の列車が姿を消しました。
どうしてもその前に乗っておきたい・・・と廃止決定の時から思っていたのですが、なかなか時間がとれず、年明けすぐのこの日に乗車となりました。
ちなみに豊橋→大阪→青森→上野→豊橋というルートです(笑)
本当ははまなすに乗りたかったんですけど、北海道まで行く時間的余裕のなさと、ちょっとしたネタのためにわざと「北斗星ターン」に(^^;;;)

まだテレビ等で廃止のニュースも流れておらず、大阪の時点では80%くらいの乗車率。
しかし新潟に停車の頃には空席が目立ち、秋田に着く頃にはガラガラ状態になっていました。
面白かったのは、大阪近辺から乗車する人は普通の靴、富山から乗車する人は滑り止めのついた靴、新潟以降は長靴・・・と、足元を見ているだけでロングラン特急でしか味わえない、地域の違いを味わえたことです。



列車は吹雪の中を勇敢に進み、ついに弘前に停車。
「ああ、あと一駅なのか・・・」
と私がため息を漏らした瞬間

フッ・・・・・

と照明が消えました。
「え?デットセクション?そんなこと・・・」
と思っていたら、駅員さん、運転士さん、車掌さんがホームに集まり深刻そうな表情。
どうやら電気系統が壊れてしまったらしく、運転はおろか照明も、暖房も消えてしまったのです。
車掌さんが各車両を回り、肉声で状況を報告。
すると、はまなす乗り換え組(白鳥からはまなすは青森駅10分乗り換え)からどうすればいいのかと尋ねられていました。
駅務室で何度かやり取りを重ね、多少時間がかかるけども車両が復旧できそうなので、はまなすに待ってもらうということに。

車掌「はまなすにお乗換えのお客様、人数を把握しておきたいので挙手を・・・」
私「あの・・・」
車掌「はい、はまなすにお乗換えですか?」
私「いえ、北斗星2号なんですけど・・・」
車掌「・・・は?」
私「ごそごそ・・・(きっぷを取り出す)」
車掌「!!・・・戻られるんですか?!」
私「はい(^^)」

実はこの時点ではまだ北斗星2号に乗れる可能性がありました。
しかし刻一刻と乗車予定時刻が近づき・・・・車掌さんがやってきました。
白鳥→北斗星乗り継ぎは私だけ(当たり前ですね)なので接続待ちできない。2時間ほど後に来る北斗星4号なら乗れるかもしれないので、青森駅で聞いてみてくれ・・・とのこと。
確定事項ではないので不安ではありましたが、青森駅では運転停車のみ(客扱いをしない)の北斗星4号に青森から乗れるチャンス!
思わずワクワクしてしまいました。

そして停電から1時間50分後、電気復旧!!
何とか青森まで走りきりました。ありがとう、おつかれさま!485系白鳥さん!



で、問題はこの後です。
ドキドキしながら青森駅の駅長室に入りました。
私「あの、白鳥の遅れで北斗星2号に乗れなかったんですけど・・・」
駅員さん「ああーはいはい!(笑)聞いてますよ。じゃ、業務連絡書書きますんで。」
すんなりと、写真の業務連絡書を出して下さいました。

・・・しかし・・・

私「これ、最後に『原券払い戻ししない条件』ってありますよね。これってひょっとして、満席だったりして寝台で寝れなくても寝台券の払い戻しはできないってことですか?」
駅員さん「そういうことになりますね」
私「うーん、ちょっとそれは・・・(^^;)消していただけると嬉しいんですけど・・・」
駅員さん「そうですね・・・ただ、端末がもう出てしまっているので空席の状況だけは把握できないのでそれだけはご了承下さい」
私「はい、分かりました」

そんなわけで、下に訂正が入りました。




深夜の青森駅ホーム。
ゆっくりと北斗星4号が入線し、車掌さんが私を手招きしました。
車掌室横の扉のみ開けてもらい、そっと車内に入りました。まるで悪いことをしてるみたいで不思議な気分・・・。
結果として寝台は空いていて、無事に寝床を確保することができ、その後の旅は順調に進んで予定通り豊橋に帰ることができました。







これが、私の「白鳥の思い出」です。
久々にこの業務連絡書を見て、懐かしい気持ちになりました(^^)



この記事に対するコメント

お疲れさまです☆
お気を付けて~
【2007/10/11 00:52】 URL | ぴゅういち #- [ 編集]

似たような経験が。
皆様はじめまして。
先日はマイミク承認ありがとうございました。

私も沙耶さんと似たような経験があります。

今から15年くらい前の高校生の頃、岡山から下りのふるさとライナー九州に乗ろうと、家の最寄り駅まで行き、岡山に0時前に到着する最終電車で乗り継ぐ予定でした。

しかし、その最終電車が大幅に遅れて乗り継げなくなる可能性が高くなり、タクシーで行くことも考えなければいけない状況になったのですが、ふるさとライナー九州に乗り継ぐ旨を駅員さんに伝えると、指令のほうに連絡をとり、本来は通過扱いのふるさとライナー九州を臨時停車してもらえることになりました。

私も沙耶さんと似たような心境で最後部乗務員室寄りの扉から乗り込んだのを覚えています。
あの時の駅員さんにはホントに感謝してます。

長文失礼しました。
【2007/10/11 02:15】 URL | FUSOきゃろる #bstFT5sg [ 編集]

白鳥って懐かしい~♪
なるほど!!それは絶対に忘れられない思い出ですね。非常事態だから、運転停車でも乗せてくれるんですね。


学生時代、北海道に行く時によく利用していました。金沢・富山,新潟,酒田、秋田で客層がどんどん変わっていきます。新潟で少し停車時間があったので、駅弁を買いに走りましたよ。初めて北海道に渡った時は、白鳥から青函連絡船の夜行に乗り変えて、津軽海峡を渡りました。翌年からは、はまなすになりました。大阪を10:40くらいだったと思いますが出発して、23:00過ぎに青森着ですから、凄い長時間乗車でしたが、景色の多様さに全く退屈することなく乗り通しました。

社会人になってからは、秋田から大阪に白鳥を使って帰省した事もあります。秋田ですと、8:00過ぎでしたので、ちょうど良かったんです。今となっては、懐かしい思い出ですね。
【2007/10/11 03:00】 URL | エンチャン #- [ 編集]

すごっ!!
そりゃ、乗る→戻る、なんて想定外でしょうね。
車掌さんのびっくり顔が目に浮かびます(笑)

北斗星…いつか乗ってみたい列車です。

白鳥がなくなってもうそんなになるんですね…(乗ったことないのですが)
【2007/10/12 00:18】 URL | あいち #- [ 編集]


白鳥はオサで葬式厨やってました。
本当は乗りたかったけど、忙しくて乗れずじまいだったのが悔しいです。
【2007/10/12 00:27】 URL | コーセイ #- [ 編集]


☆ぴゅういちさん

ありがとう~行ってきま~す・・・って、ボンネット485に乗りに行けたらいいなぁ・・・(TT)

☆FUSOきゃろるさん

書き込みありがとうございます!これからもよろしくお願いします(^^)
・・・って、臨時停車の方が何倍も凄いですよ!駅員さんと指令さんグッジョブですね!!
そうやってあたたかい思い出ができると、なおいっそう鉄道が好きになりますね☆

☆エンチャンさん

やっぱり目まぐるしく変わる客層は白鳥ならではですよね。
確かに秋田あたりが一番便利ですね!ますます無くなってしまったのが惜しまれます・・・
ちなみに私は青函連絡船も大好きでしたよ♪子供心に、天井に万国旗がはためいているのが可笑しくって(^^)

☆あいちさん

ええ、車掌さん・・・一瞬動きが止まってました(^^;)
北斗星ってカップルや夫婦で・・・ってイメージがあるかもしれませんが、一人で乗るのもすっごく素敵なんですよ。
旅情と哀愁をひしひしと感じながら窓の景色に目をやるのもオツです。

☆コーセイさん

最終日の大阪は凄い騒ぎだったそうですね。
白鳥はそうそう簡単に乗れる列車じゃなかったですもんね・・・(^^;)
【2007/10/20 01:50】 URL | 小倉沙耶 #- [ 編集]

心の中で走り続ける「白鳥」。。。
小倉沙耶さん、沙耶さんファンの皆さん、はじめまして。
私は副都心線の始発・和光市在住の「トラ鉄」と申します。よろしくお願い申し上げます。
沙耶さんにはこの度「マイミク」になって頂けまして誠に光栄でございます。
ありがとうございました。
その際に、私が自己紹介で「(旧)白鳥が大好きです」と記しましたところ、
沙耶さんがこのブログ日記をご紹介してくださったのでした。ありがとうございました。
そこでお礼の心を込めまして、私からの「沙耶さんブログコメント第一号」を、
この日記にさせて頂きますね。

沙耶さんがお乗りになられた「白鳥」最後の冬・・・・。。。
実は私もこの1ヵ月後の2月11日と12日に、最初で最後の「白鳥全線往復乗車」を
敢行したのであります。

沙耶さんのこの日記のおかげで、その当時の情景が走馬灯の様に蘇って参ります。。。
特に「大阪近辺から乗車する人は普通の靴、富山から乗車する人は滑り止めのついた靴、新潟以降は長靴・・・」の辺り・・・・さすがの着眼力としか言いようがありません。
私が乗車した2月・・・というより、この年の冬は北日本一帯が豪雪に見舞われる毎日でして、沙耶さんがお乗りの「白鳥」も弘前であわやリタイア寸前だったとのことですが、私の乗車日も・・・上下共に結局各1時間半前後の終着を強いられました。。。

当時の485系も、もう相当に老朽化していましたので、まさに「老体にムチ打った」最後の働きだったに違いありません。


もう、あれから7年・・・・


旧「白鳥」は・・・模型で、DVDで、そして私の心の中で、
今日も走り続けています。。。


【2008/10/27 22:42】 URL | トラ鉄 #- [ 編集]


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